PFI事業を魅力あるものにするために 栗原 嘉一郎
(「建築雑誌」2006年2月)
PFIの骨子等
公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力および技術能力を活用して行う新しい手法として誕生したPFI(Private Finance Initiative)は、平成11年7月に基本法、翌年3月に同基本法が公布されて以来徐々に浸透しつつあるようだ。
PFIは端的に言えば、国や地方自治体等が必要と考える公共施設、あるいは公共サービスを、資金の調達から建設・運営までの一式を民間事業者に行わせ、その対価としてサービスを購入する。それも30年20年15年という長期にわたって、選定事業者に延べ払いの形で支払っていく、という方式である。
事業のプロセスは、まず行政が自らの施策の中から特定の事業を選び、これをPFI方式で行う場合の財政削減効果VFM(Value For Money)について事前に検討し評価する。その結果有効性を確かめたところで事業の実施計画を策定・公表し、引き受け手となる事業者を公募する。参加を希望する事業者は、傘下に当該事業を行うために必要な関連企業を集めた特別な会社SPC(Special Purpose Company)を設立して応募し、行政から示されている課題について提案書を提出する。審査を経て選定された事業者は、長期にわたる事業実施について細目にわたる協定を行政との間で締結し、その協定下に事業を実施する、という手順を踏む。
PFI 方式は、クライアントとしての国や地方自治体にとって、従来自ら行ってきた社会資本の充実や公共サービスを民間の資金・経営能力・技術力を活用して行うことにより、自らが行うより安くかつ高い質において提供することができる。それも、まとまった財源がなくても事業を進められる。起債等で資金を用意しなくても事業者が出てきてくれさえすれば、延べ払いで毎年サービスの対価を払えばよい等々、財政難の今日においてメリットの大きいシステムとして関心を集めている。その結果、実施方針が策定・公表された事業数で言えば、平成17年12月1日現在で既に217件(国28件、地方自治体162件、特殊法人等の公共法人28件)に達している。
しかしながら件数を重ねる中、この方式には、その運用において改善すべき問題も多々出てきているように思われる。筆者は、病院の分野においてわが国初のPFI事業となった近江八幡市民病院の施設部会の審査員を務めた経験があるに過ぎないが、その折りに痛感したことをベースに、その後若干のケースについて仄聞し感じたことなどを整理し、建築人(それも主として施設計画者)の立場からの感想を延べ、基本的なレベルにおいて若干の提言を行いたい。
気になる問題点
1) 意外に狭い事業範囲
まず、公共サービスに民間の創意工夫を取り入れて活性化を図るのもPFIの狙いの筈なのだが、公共から提示される事業範囲は既に外注している関連サービス事業の範囲を出ず、意外に狭い場合が多い点が些か気になる。公共がコアとなるサービス業務を手放さず、建物づくりと周辺業務だけというのでは、`箱ものPFI`とか`掃除PFI`などと揶揄されるのもやむをえまい。発足時はともかく、将来にわたってもコア業務のすべては公務員でなくてはならないというのでは、この事業にあまり多くの期待はできないのではなかろうか(もっとも公共図書館の事例では、レファレンス業務というコア中のコア業務まで事業者に委ねている例もあるにはあるが)。
2) 膨大な作業量
建築人の立場から見ていると、まずは極めて多くの関係者に対し、その多くが徒労に終わることになる厖大な作業を強いている点が気にかかる。応募者とりわけSPCの傘下に入る建築設計事務所の方々は、作業の自立性が保たれず、コストのプレッシャーがかかる中での計画案づくりに腐心する中で己の役割を見失い、疲労と空しさを感じ始めているようだ。企画から事業実施にわたる全段階において終始行政を支える立場で関与するコンサルタントの方々も、同種の事業が続くにつれメンバーの組合せの固定化が進むとともに、同じく厖大な作業を負って疲労の色を濃くしているようだ。
それよりも、詳細を究める要求水準書の作成やそれに応えるための厖大な作業の中で、PFIの基本理念である「民間事業者の創意工夫」が大きく押さえ込まれる結果になっているのではないかと心配である。
3)細かすぎる要求水準書
多くの事例において示される要求水準書の細かさは只ならぬものがある。施設計画について言えば、ほとんど全所要室にわたる細かな機能要求、床面積、床・壁・天井の仕上げ、各室に備えるべき備品の数々、採光・通風・遮音・吸音・日影等々に対する指示に至るまで何とも細かい。運営面の業務要求内容もしかり、近江八幡市民病院の例ではこの部分だけで300頁にわたっており、例えば清掃の項を見ると、清掃員が病室に入っていくときに患者に声をかける文言からモップの洗い方まで微に入り細に入り示されているという具合だ。
要求を細かく示せば示すほど応募者側の創意工夫の余地が狭まることは間違いない。施設計画の面でいえば提案はパズル解きに終始し、所詮は`想定の範囲内`のバリエーションの域を出ないことになるだろう。
長期にわたる運営を前提とした契約を特徴とするPFI事業に対し、水準書作成担当者が当面の要求や現時点で持ち合わせている価値基準でそこまで縛りをかけるのは如何なものだろうか。よほどの民間不信があるのだろうか、それとも性悪説を基本に据えようというのだろうか。PFIの元祖である英国の担当官ブレーザー氏の語っている「公が必要とするサービスを決めるときに重要なことは、目的を決めるのであって手段に立ち入ってはならない。それは民間のイノベーションに任せるべきだ(文1)。」という言に思いを致すべきではなかろうか。
(もっとも詳細な要求水準書が一般化するには理由がないわけではない。応募者に求められる提案項目に価格が入っている以上なるべく具体的な仕様が求められようし、事業者の選定に続いて事業契約が結ばれる間に内容をめぐる交渉期間がない現状では、発注者としての要求は当初に細大漏らさず盛り込もうということになるからであろう。)
4)細目評価による選考
事業者の選定は、発注者当局ならびにコンサルタントによって作成された審査要領に沿って審査委員会が行うのだが、この審査要領がまた細かい。<近江八幡>の例でいえば、1000点満点(提案内容500点、価格500点)中、審査委員が直接担当する提案内容500点については、7つの評価項目のもとに中項目・小項目が枝分かれし、100項目ほどに達する小項目にはそれぞれ2-10点ほどの配点とともに評価のポイントまで示されていた。委員の採点は、要は当局ならびにコンサルタントの価値観によって事前に作成された枠組みのもとでのいわば処理作業に過ぎず、PFI事業が本来持つべき総合的かつ創造的な視野において審査員が下すべき評価・判断は、いわばコンサルによって先取りされていて問われることはないのである。細目に対する評価のデジタルな積み上げをもって客観性が担保されたと考えているとするなら、敢えて審査員を煩わすまでもなく、優秀な事務局が採点しても同じではないかとさえ思えるのである。
次いで予め用意された方式によって算出される、価格に対する評価点との合算によって総合的順位が決まることになるのだが、もとより提案内容の良さと価格とは次元を異にしているから、提案書に対する評価順位がそのまま総合順位になるとは限らない。ひたすら提案書に対する審査に精力を注いできた審査員は、最終時点で順位の逆転に出会うと空しさを味わうことになる。評価における価格の重みはプロジェクトによって30%-60%くらいの間でばらつきがあるようだし、価格の評価方式にも色々工夫が加えられてきてはいるものの、所詮は同じことである。
5)価格を含む総合評価という名のくせもの
PFI FI事業が低廉かつ良質なサービスの提供を意図している以上、価格が問われるのは当然のことである。しかしながら次元の異なる「事業の質」と「価格」とを機械的に合算する方式は、参加者に後味の悪さを、ひいては応募意欲の減退をもたらす点において疑問に思う。価格というものはそもそも積算による積み上げそのものではなく、実績づくり狙いや企業の経営状況による高度に政治的な判断に負うところが大きく、本来不安定なものだからである。事例において落札価格が予定価格の7割、6割、中には5割近い例さえ散見されるところからもそれは明らかである。
こういう状況下の競争の中では、良質な提案者が価格点を合算した結果でも最高点を得たとすればそれはラッキーでありハッピーなことだということになるし、提案点が低くても価格点で稼いで総合点で1位に選出される結果となった場合には、どぎつい表現をすれば発注者は「安かろう悪かろう」の買い物をしたことになるというものだ。
価格要素を抱え込む不安定な競争は、低価格に抑えねばという強迫観念に怯えつつ、提案の質の創造性を抑える方向にも作用しているに違いない。
文1:森下正之他「医療福祉PFI」日刊工業新聞社
基本的な提言
(1)価格固定方式は不可能か
PFI事業においては、最初に導入可能性調査を行い、VFMの評価がなされる。従来型手法による場合の公共の負担コストを見積り、PFI手法を用いる場合に予想される公共の負担コストと比較し、当該事業にPFIを導入するかどうかを決める手法である。多くの場合数パーセントから十数パーセント、時にはもっと大幅の公共の負担減が見込まれてPFI事業の導入が決められる。
行政はこうした形でPFI事業の財政面の有効性を十分に検証しているのだから、この価格を予定価格として公表しこれを固定した上で、以後は提案内容のみを競わせる形にできないものだろうか。VFM評価を経て決めた予定価格からの更なる下げ幅がものを言うのであれば、時間とエネルギーをかけてVFM評価を行う意味は事実上ないに等しいのではなかろうか。事例ではこれを上限価格として公表している場合もあるが、上限という形ではコストの重みを二重に評価することになる点において変わりはない。
ただし、現実の落札価格がVFM評価を経て予定される価格をかなり下回るケースが多いことを考えれば、固定価格の設定は行政判断によってVFM評価による値より若干下げてよいのかもしれない。
もし価格固定方式を採用することができるなら、応募者はエネルギーを質の高い提案に向けて集中でき、競争は明朗なものになるに違いない。純粋な質的提案競争となれば、応募しようとする代表企業SPCは傘下に当該プロジェクトに関して高い見識を持つ専門家等の起用をも含む、より広がりのある組織を組むことになるだろう。建築設計の面では特定分野に強い中小事務所やアトリエ派の参加の可能性も出てこよう。PFIは民間の創造力を最大限に引き出す健康な仕組みになる筈だ。
要はこの方式によって、発注者となる行政が自ら事業を行うより、一定程度安価なコストで最高のクオリティを確実に手に入れることが約束される点が重要だと考える。成熟した市民社会においては、真のクライアントたる市民は、リーズナブルな価格で最高の施設・サービスを確実に得ることのできる仕組みを支持するに違いない。
民間事業者の選定について内閣府の定めている8項目の条項をみても、一般入札方式を原則とすると述べてはいるものの、別項もあり、絶対条件としてはいない。強くうたわれているのは公平性・競争性・透明性・客観性なのである。
(2)要求水準書は簡潔に
価格固定方式とすれば、提案の水準は基本的に応募者が提示すべきものになる。決められた価格のもとでどこまで高い水準の施設を創り、どこまで高いサービスを提供できるかを競うことになるからだ。施設面でも運営面でも厳格に基準が決められている警察署とか、技術面の要件が主要な課題である土木関連施設のような施設の場合はともかくとして、教育・文化施設、医療・福祉施設、その他各種複合施設等、広く市民の利用に関わり、そのあり方に色々な可能性・発展性が問われているような施設の場合は、応募者に対する要求水準は、端的に言えば当該プロジェクトの持つ基本理念に基づく本質的目標値にとどめるとともに、求める提案内容については必要とする項目の提示にとどめるくらいの方がよいはずだ。内閣府自体、自らが定めている条項において「民間事業者の創意工夫が極力発揮されるよう、提供されるべき公共サービスの水準を必要な限度で示すことを基本とし、建造物、建築物の具体的な仕様の特定については必要最小限にとどめること(抄)」としているのである。
問われるべきは現時点で与えられる詳細な要求への対応力というよりは、当該施設の長期にわたる機能ならびに運営の変化発展に対応すべきプログラムとその裏付けなのではなかろうか。ここにおいてこそPFIに期待されている民間の柔軟な創造力が発揮されるはずだと考える。
なお、到達水準自体を応募者側の提案に待つとすれば、事業者が選定された時点において、その現実化をめぐって発注者側との間で調整のための事後交渉が必要となるのは明らかであり、このための期間は十分確保される必要があろう。
(3)実施計画の作成は審査委員会の主導下に
価格固定方式によって民間事業者に提供可能なクオリティの競争を求める場合には、審査のありかたも、PFI方式の基本主旨に照らしたより大きな判断を求める方式に変えていく必要があろう。そのためには審査委員会の立ち上げは導入可能性調査を終えた早い時期に行い、要求水準書や審査基準を含めた実施計画の作成作業も、審査委員会主導のもとで行うことが望ましいと考える。審査員の責任は重くなるが、学識経験云々で選ぶ以上、彼らの総合的な判断力を最大限に発揮させる仕組みを用意するのは当然と言えよう。審査自体、一見客観的な装いで予め用意される細切れ項目への判断の積み重ねによる、いわばデジタルな方式を越える客観性を、彼らの総合判断の中に求める方が健全なのではなかろうか。
建築設計業務とPFI
PFIがもしも上記提言のような形で行われるのであれば、SPCの傘下にあっても建築設計事務所の存在意義は発揮され、地位の低下を嘆くには当たるまい。水準以上の設計事務所であれば、公共施設は単に利便施設であるだけでなく、それ自体文化としての存在でもあることへの自覚を持ちあわせている筈であり、その面で彼らが提案の中に盛り込むであろう価値は一定の評価を受ける筈だからである。維持管理や運営とのトータルな提案のなかでの建築計画である以上、設計業務の自立性は十分ではないが、維持管理の容易さや運営上の効率性は公共施設が本来備えるべき条件である以上、ソフト関係者とともに立案作業を行うのは一定の意味を持つとも言えるであろう。
しかしながら現在のように評価の中に価格要素を大きく抱え込み、施設計画に対する評価の独立性が全く保たれないのであれば、建築、とりわけ設計業務はPFI事業の外にはずし、プロポーザルなりコンペなり、独立した方式によって確実に最善案を得ることのできる形にする方がよいであろう。建築の良否は、それが一旦出来てしまえば簡単に変えることは出来ず、長期にわたって使用・運営のありようを制約し続けることになるからである。その事例は既にある。長期にわたる管理運営の経費削減が主目的であるPFI事業の主旨に照らして、基本的に当初のみに関わることになる建築設計業務(ないしは建設業務全体)をセットして取り込まなければならない理由は必ずしも大きくないことに思いを致すべきである。
市民社会の成熟が進むなかにあっては、真のクライアントたる市民の立場から見て、建築人が本来持ち合わせている創造性を十分に発揮できるような仕組みこそが歓迎されるはずだと考える。